INFJ Scorpio

私は小さい時からなぜ周りの子どもと考え方が違うのかいつも不思議でした。人が表に出さない気持ちを読みとることに驚くこともあったり。MBTIが日本以外の諸国で流行り始めた時に自分がINFJ(提唱型タイプ)であること、昔から星座が好きであり、ホロスコープで自分のチャートに蠍座のステリウムがあるのを知った時に、ああだからだったのかってなんだか納得しました。

自分の少しサイキック的な能力を活かして、その人の持っている良いところを見出し、その人の人生が更に素敵なものになるようにお手伝いをしています。お気軽にご相談ください。

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生い立ち:幼少期④(いじめ)

幼少期は特に毒親(アスペルガーの父と何もしてくれない母)のことで悩みましたが、家庭内だけでなく、小学校高学年の学校生活は私にとってかなり辛い時期でした。

確か5年生だったと思います。仲良くしていた女子Aちゃんがある日いきなり冷たくなり、クラスの女子に私のことを気持ち悪いと言ったのか(何と言ったのかは実際に分かりませんが)、それ以降クラスの女子からいじめにあうようになりました。女子なのに手が大きい私。親指も男性みたいな指で、いきなり親指をつかまれて、「何この指、気持ち悪い」と言ってきたり、とにかく何か言いたくて仕方がなかったんでしょう。はぶりにされるのが分かっていたので、クラス内でも自ら一人で過ごすようになりました。

家に帰ると、人目につかない瓦の屋根に登ってぼーっとしていました。「ああ死にたいな」、「なんで生きているんだろう」と思い、何度か自殺しようとしたこともあります。子どもだから自殺の仕方を知らないので、自分でタオルで首を絞めてみたり。結局苦しくなって怖くてできなかったのですね。

結局何がきっかけでAちゃんが私をそこまで嫌いになったかも未だに分かりませんが、そんな寂しい日々が続き、秋の遠足が近づいてきました。遠足といえば、目的地で友だちグループ同士がレジャーシート毎に集まってお弁当を食べるじゃないですか。私はひとりぼっちになるのが分かっていたので、母親に「明日は一人でお弁当を食べたくないから遠足には行きたくない」と言いました。そうすると母親は「絶対誰か一緒に食べてくれるでしょ」と、休むことは聞き入れてくれませんでした。そして私が「明日もし一人になったら、その次の日からもう絶対に学校には行きたくない」と言うと、彼女は「分かった」と言ったのです。

そして案の定、当日は同じクラスで一緒にお弁当を食べる人がいなかったため、違うクラスの幼馴染みのグループのところへ行き、「一緒に食べてもいい?」と聞いて輪に入れてくれた事を覚えています。この時も、私が違うクラスの女子グループと一緒に食べているところをAちゃんを初めとするメインのいじめっこグループがずっと見ながら何かを言っているのが分かりました。とにかく嫌で嫌で、楽しいはずの遠足が全く楽しくなかったのです。

帰宅後、母親に起きたこと全てを伝え、「もう明日から学校には行かない」と伝えました。彼女も前日に「分かった」と回答してしまった手前、何も言えなくなり頷くだけ。いじめのことを話し始めた当初から、彼女は私の気持ちに寄り添うことはなく、私が学校に行かなくなるという事実自体が怖かったのでしょう。翌日、私には何も聞かず、勝手に担任の先生に電話をし、クラスの女子全員が担任と一緒に家まで私を迎えに来たのです。

その時、母は一件落着のような顔をしていました。

私はその日を境に、母親に対する信頼を一切無くしたんだと思います。それまでも弟ばかりを可愛いがったり、何かというと「お姉ちゃんなんだから」と言われたり、父親から守ってくれなかったり、それまでのいろいろな事が積み重なり、「あ、この人は信じてはいけない大人なんだ」と思ったのを覚えています。

私をいじめていた女子たちも翌日から何もなかったかのように接してきて(もちろん私も普通に接し、距離をとっていました)、学校には毎日通うことになりました。でも悲しいことに、自分には何も話さずに担任に全部を任せた母親が許せませんでした。母親から完全に裏切られた気持ちだったんですね。小さい頃に傷ついたことはいつまで経っても覚えているものです。

続く。

【留意頂きたいこと】これは私がこれまでどんな人生を歩んできて今の自分がいるかを説明しているブログであり、同情を求めるために書いているブログではありません。ライフコーチとして、辛い過去があるからこそ人の痛みや悩みが理解できると信じています。